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数年前に、あるダイビングボートが、ある海域でダイビングをしていて、お客様のダイビング機材を全て没収された上、1000ドルの罰金を科せられたことがある。また、ある外国籍のダイビングクルーズ船が、とある海域でダイビングをしていて、同じく5000ドルの罰金を課せられこともある。 これは全て、チュークの習慣・風習に端を発した事件である。 そして、ダイビングに限らず、外国人の船舶が引き起こす海のトラブルは今も後を絶たない。 チューク諸島の文化・習慣、そしてそれを構成する人々は、現代人にとってはとても閉鎖的で、外国人が彼らの社会に進出する場合、あるいは、国が行政を行う場合、とても大きな障害となっている事柄が幾つかある。 中でも、彼らの原始的な土地所有制度は、その最たるものと言えるだろう。 チューク諸島には、国の公共の土地はほとんどなく、飛行場から公官庁、学校に至るまで、土地はすべてが彼等住民の所有である。そしてその土地所有制度は陸上ばかりでなく、なんと、海上にも及んでいる。 島々の海岸・沿岸、そして無人島はもとより、環礁、浅瀬、暗礁、その周辺の海域に至るまで、彼ら一族、一族の所有地として大昔から今日まで変わることなく受け継がれてきた。 島で生活する者にとって、海はなくてはならないものだ。特に現代文明から隔絶した生活を営むチューク諸島の人達にとって、海は生活そのものであり、彼らにとっては、死活問題にも及ぶ。 古来より彼らは、海に生活の糧を求め、海に生きる術(すべ)学び、独特の海の文化を育んできた。 そんな文化の一つに、彼等自らが海の自然を守り育む、独特の風習がある。 それは、現地語で『メチェン』と呼ばれるもので、時に応じて、ある一定の期間、海の出入りを完全に閉鎖するものだ。 冒頭の2つの事件は、この『メチェン』を無視した行為の代償に他ならない。 環礁内をボートで走っている時、ちょっと変わったサイン・目印を見つけることがよくある。 木の枝や椰子の枝葉を浅瀬に突き立てているものだ。 島々の海岸や無人島の周り、環礁や浅瀬など、ある海域にまとまって立ててある。これが『メチェン』の印だ。 この印がある海域は、この印がとれるまで、なんぴとたりとも立ち入りを禁じることになる。 無人島の場合は上陸も禁じられ、椰子を取ったり、草木を切ることも禁じられる。 魚介類を獲ることなどもっての外だ。 この禁を犯した場合は、冒頭の例のように、土地(海)の所有者からクレームと称して厳しい罰則が科せられる。 では、『メチェン』はどのようにして、履行されるのだろうか。 一族の有力者が死亡した場合、それを悼み、喪に服して、その一族の土地(海)からある地域を選んで、『メチェン』を設定する。 その期間は、その時々により6ヶ月から1年間と様々だ。 だから環礁内の至る所で『メチェン』の印に出会う。 チュークの人達はこのサインを目にしたら、どんな理由があろうとも絶対にその海域には立ち入らない。 皆、この習慣を厳守する。 民族の大事な戒律ということもあるが、その前に、この『メチェン』が海の資源を守る唯一・無二の方法であると誰もが信じているからだ。 もちろん私もだ。 冒頭の人達は、『海ならいいだろう』という簡単な気持ちで入ったに違いない。 しかしそれは、島の習慣を理解せず、無視した悪しき行動と言える。 島人達は、この一見、広大に見えて、無尽蔵とも思える海の資源も、決して無限のものではなく、限られた資源であるということをずっと以前から把握していたのだ。 彼らの話を聞くと、1年間海を空ければ、海の資源は戻ってくると言う。 事実、私の体験からも、メチェンからあけて1年振りにいく海は、魚も貝も驚くほどに豊富なっているのを感じる。 長い間に培われた、海の自然を守る海洋民族の知恵だ。海洋民族として生きる社会の中ではとても的を得た風習と言える。 フィッシング、ダイビング、スノーケリング、無人島巡り、など、海の仕事をメーンにしている私にとってはこの『メチェン』情報を知る事は非常に大事な仕事でもある。 『メチェン』を知らずに行った場合、そのツアーは根底から覆される。 いくら現地の習慣だからと言っても、お客様に申し訳が立たない場合もある。 このように、ツアーの催行上、時として大変困る場合もあるのだが、この『メチェン』の印を見た時、私は大概、ひとりで微笑んでいる。 『よし、これでこのポイントは1年間守られる!』 今日、海の自然が次々と破壊されていく中、チューク諸島はその独特の風習、『メチェン』のおかげで、外からの破壊の波を食い止め、海の自然を守り育み続けている。 現代人から見れば、非常に閉鎖的とも思える彼らの文化は、同時に、真の地球の姿を守り続けているとも言えるだろう。 彼ら海洋民族の偉大な知恵に拍手を贈ろう。世界の海に『メチェン』の輪が広がることを願ってやまない。 チューク諸島 / 末永卓幸
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