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◆窮地を脱してきたエンジン屋の話し 学生時代に、大学近くの行きつけの喫茶店でネズミ退治を引き受けたことがある。 昼間は居場所が掴めず、夜間と休日に店内を荒らすつわもので、店主も頭を痛めていた。 閉店後に灯りを消して友人と待つこと1時間、カサカサと奴が現れた。 大した打ち合わせもなく、ほうきとモップで追い詰める方法で逃げ場のないトイレまで追い込んだ時のこと、大きなネズミは便器の中の排水口に潜り込み、それ以来姿を現すことはなくなった。 ドブネズミでもないドライのはずの奴が、窮地に追い込まれると命を守るために行き先不明の排水溝にでも潜りこむ行動に出るものだ。 人間も同じく、土壇場の判断やその時の行動で事故や災難の被害を最小限に止めることが出来る。 陸上とは違い、危険を伴う船上での船長の判断は、乗員や乗客の命を左右する重要なものであったりもする。 今回は、長年マリンエンジンの整備に携わったエンジン屋が、海上で窮地に追い込まれたときの話しをしよう。 花火大会当日にスタータートラブル 気合の入っていないちょい乗り出航では順調で、絶対にトラブっては困る時に故障するのが機械の常で・・・ 夏の夕方に心安いボートオーナーから緊急対応依頼の電話が入った。 無類の女性好きオーナーは、2時間後に開催される花火大会に備え、美女満載で出航準備を進めていた。 いつものようにエンジン始動を試みたところ片側のスターターが回らないトラブルが勃発した。 運悪く同型スターターの在庫がなく、予備バッテリーを持参してマリーナに急行した。 トラブルシュートの結果、スターター本体の不良と判明し、差し迫った出航は中止をお願いしたところ、今回ばかりは『いままでの努力が無になるので片舷ででも出航する』と、かなりの気合の入りようだった。 混雑した花火大会の海上で片舷航行はあまりにも危険と判断し、緊急対応に応じることになった。 * 緊急対処方法 故障したスターターは取り外しておく。 正常な舷のエンジンを始動した後にスターターモーターを取り外す。 バッテリーコードはプラス、マイナス共に正常な結線処理を施す。 エンジンは回るが、オルタネーターのICレギュレーターを壊す恐れがあるからだ。 取り外した正常なスターターモーターを故障した舷に施工し通常のスタートを行う。 これでエンストさえしなければ両舷での航行が可能となる。 保安上、オーナーだけでの出航は避けてエンジニアも美女との花火大会に参加させていただいた。 回転しているエンジンからスターターを取り外す作業は大きなリスクを伴うため、本来は花火大会程度の出航では差し控えていただきたいが、海上での緊急対処方法として知識としてご記憶ください。 海上でガス欠発生 離島の、あるサロンクルーザーを整備のため引取りに行った帰りの出来事である。 昼食後、即出航の予定をしていたが『遠い島までご苦労様です』とオーナーの歓迎昼食会は夕方まで続いた。 約5時間の回航計画で、燃料は最近満タンにしたとのオーナー情報のもと、16時頃に夜間航行を覚悟して島を出航した。 18時過ぎ、神戸沖10マイルを航行中に突然ジェネレーターが停止した。 明日から整備作業に入ることもあって、特に原因を確かめることもなくそのまま航行を続けたところメインエンジンの回転数が乱高下をはじめ、その後間もなくエアー混入のような状況でエンジン停止した。 ジェネレーターを含め3機中2機が停止した状況からガス欠であることはいやいやながら推測できた。 ヘルムステーションには燃料計がなく、唯一燃料残量の確認は燃料タンク本体の黄ばんだディプスゲージを直読するスタイルで、ペンライトで照らしてみたところ油面が確認できなかった。 満タンか空っぽかどちらかの場合油面が見えないが、残念なことに空っぽであった。 2タンク艇であれば残った1タンクで多少の航行は可能であるが本艇は運悪く1タンク艇で、絶体絶命のガス欠が発生した。 * 緊急対処方法 燃料タンクはアフターコンパートメントに設置されていて船首方向の面から燃料を取り出す配管が設置されていた。 通常燃料の取り出し口はタンク内の水分や不純物の供給を避けるためにタンクの底からは行わず、少し高い位置から供給する配管になっている。 燃料タンクのボトムに位置する水抜き用のドレーンコックに燃料供給ニップルを移植し、タンクの残った燃料でエンジンを再始動しデッドスローで一番近い岸壁を目指した。 巡航速度で航行中は船首が海面に対して4度程傾斜するためタンク内の燃料も船尾側に傾いて、意外と燃料は残っているものである。 5ノットで約2時間航行し、どうにか神戸港に接岸できた。 ガス欠してもタンクの底には必ず燃料が残っていること雑学として覚えていただき、あってはならない何かの時にお役立てください。 海上で浸水事故が発生 ボートオーナーの会社が船を使った慰安旅行を計画された。 行き先は瀬戸内のリゾートホテルで、片道5時間くらいの無理のない航海計画だった。 進水まもない輸入艇で、初期トラブルを懸念してかエンジニアの同乗を求められ、ご一緒させていただいた時のこと、出航2時間目で突然船体が振動し始めた。 プロペラに漂流物でも巻いたのかと、前後進を数回繰り返したが振動は全く解消されなかった。 折も悪くも波高が2メートルを超え、潜ってプロペラを点検するには危険な状況下で、航行を続けるかの判断を迫られたときにエンジンルームのハイウォーターアラームが鳴り出した。 フロートスイッチでも引っかかったのか? とエンジンルームハッチを開けると、実際にエンジンのオイルパンまで浸水しており、見たくない光景だったので、とりあえず一旦開いたハッチを閉じ、靴下を脱ぎ、ワークスーツに着替えて高温のエンジンルームに入る準備を整えた。 気を取り直してエンジンルームに入る。 浸水の原因を調査するにも浸水箇所が水面下に入ってしまうと非常に困難である。船体が振動していたのだからプロペラシャフト周りのトラブルと推測し確かめると、スタンチューブの付け根あたりが船体側で大きく破損していた。 ビルジポンプでは追いつかない量の海水が流入していて、片舷航行の10ノットで最寄りのマリーナまで3時間航行しているうちに船は完全に沈没してしまう。 * 緊急対処方法 浸水している側の右舷機のキングストンバルブを閉めて吸水ホースをバルブから引っこ抜く。 従来は海から冷却海水を汲み上げているのを、船内に溜まった海水を吸いだすラインに変更してマリンギアーはニュートラルのポジションで回転数を上げる。 エンジンの海水ポンプをビルジポンプに見立てて排水する緊急対応作を試みた。 400馬力前後のエンジンにセットされた海水ポンプで、エンジン回転数を2000rpmまで上げると、1分あたりに100リットル程の排水能力がある。 作戦は大成功でみるみるうちに大量のビルジは排出され、沈は免れた。 接岸可能な岸壁で乗客を降ろし、船長と二人で、エンジンビルジポンプで排水しながら上架設備のあるマリーナまで無事船を回航した。 本緊急対応は非常に効果的ではあるが、ビルジに溜まったゴミ等を吸い込まないように十分注意が必要です。 航行中のエンジンルーム内作業につき、危険ではありますが、生きて生還する船長の知識としてご記憶ください。 * * 壊れたエンジンを整備する仕事柄、あまり見たくない危険な状況のマリンエンジンにたびたび遭遇します。 ガス欠を除き、その多くは定期点検で回避できる故障です。 シーズン前の点検は必ず実施を心がけ、安全なボートライフをお楽しみください。
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