前のページに戻る

                          ボルボペンタIPS500システム
                                          テストレポート
     2006年 8月 29日
記事: ミズノマリン 水野 茂
この記事は2005年12月ボート月刊誌に掲載された情報です。

2005年10月17日、福岡市マリノアにて、日本におけるIPS搭載1号艇の発表会が行なわれた。
IPS(インボード・パフォーマンス・システム)とはVOLVO PENTAが開発した全く新しい船舶用推進装置で、2004年のデュッセルドルフボートショーで世界に先駆けて発表された。
日本では2005年2月に東京国際ボートショーでデビューを果たし、これからの推進装置として話題を集めたニュースは記憶に新しいところである。

■IPSの特徴について
船舶の推進装置は、小型艇向けの船外機からはじまり、30フィート前後の中型艇はアウトドライブとよばれる船内外機を使用するのが一般的だ。
IPSが受け持つ領域はもう少し大きめのボートサイズがターゲットで、具体的には30フィート以上のツインエンジン仕様、すなわちインボート艇のパワーユニットなのである。
 
これまでのインボート艇は、エンジンの動力がマリンギアー、ブロペラシャフトを介し、プロペラを駆動して推進力を発生する方法が一般的で、蒸気エンジンの時代から100年以上も採用されつづけてきた方式だ。
古典的ではあるが、効率、コスト、耐久性など多方面から検討して合格水準の推進方法であることは間違いない。
 
ではIPSがプロペラシャフト方式と比較してどのようなメリットがあるのかを検討しよう。
まずは推進効率について考える。
古典的なプロペラシャフト方式は、水面に対して8度前後のシャフト取り付け角度がある。
船がプレーニングし船首を3度程度持ち上げて航行すると、水面に対して合計10度以上のアングルで海底方向を蹴ることになる。
船体は水面と平行に航行するのに対し、推進力のベクトルは10度空に向かって作用するので効率的にロスが発生する。
船底に取り付けられたIPSの場合、プロペラの推進力は常時水面と平行、すなわち船が行きたい方向そのものにベクトルが向かうので純粋に効率がよい。
 
もう一つのハイパフォーマンスの秘密は独自の2重反転プロペラにある。
通常のプロペラの場合、例えば1軸右回り船でアスタンをかけると船尾は左舷側に移動し、船の接岸時にはこの特性を利用したりもする。
プロペラの回転により船が横方向に移動しようとする作用を横力といい、前進航行中には横力を打ち消すために無意識にあて舵をして船体を直進させる。
プロペラの横力は舵で修正が必要な分、好ましくない抵抗となるわけだ。
 
IPSの2重反転プロペラは、1982年にボルボが発明し、今尚売れ続けているデュオプロップのテクノロジーが受け継がれている。
2枚のプロペラを前後で反転させることにより、横力とキャビテーションを完全に打ち消すばかりか、翼面積が2倍になり、ロスのない直進推進力を効率よく発生させる。
雑学であるが2重反転プロペラのテクノロジーは、極度に精度の高い直進性を追求する軍事用魚雷には古くから採用されていたようだ。
 
続いてステアリングシステムに注目しよう。IPS艇はインボート船にもかかわらず舵板がない。
IPS本体に操舵性があり、ユニット本体が直進方向に対して左右に約28度回転し、船主方向を選択できる。
水流をキャッチするプロペラ自体が方向を変えることにより、従来のラダー方式の船と比較して旋回時の回転半径は50%縮小される。
狭い水路や離着岸時の操作性も快調で、バウスラスターが無くても船体を横移動させることも可能である。
 
ステアリングにはエレクトロニックステアリングを採用し、ケーブルや油圧装置は一切使用してない。
ステアリングホイールは従来のヘルムポンプの概念ではなく、オートパイロットのポータブル発信機をホイールで操作するような感覚だ。
左右のIPSは独立したインスタレーションでタイロッドなどは使用せず、船長が操舵した舵角をステアリングポジションセンサーから個々のIPSに電気信号で指示を送る。
エンジン、マリンギアーに続きステアリングシステムまで電気コントロールの時代が到来したようだ。

試乗艇に搭載されていたエンジンは、VOLVO D6。ターボ、アフタークーラー、コンプレッサー付きで272kW(370hp)。

5.5Lとコンパクトながら、コモンレール・フュ−エルインジェクションなど、最先端技術か凝縮された、洗練されたディーゼルエンジン。
ドライブユニットは船底側からシーリングと組み合わされたラバーサスペンションで適切な位置に固定される。
非常にシンプルな取付け。
ステアリングにはエレクトロニックステアリングを採用。もちろんケーブルや油圧装置は一切使用してない感覚だ。
独立した船長が操舵した舵角をステアリングポジションセンサーから個々のIPSに電気信号で指示を送る。
2基のエンジンの船尾側が微妙に拡がるハの字形でセッティングされているのがわかるだろうか。
これによってしっかり直進性を確保している。


■IPSを運転する
今回の試乗艇搭載エンジンは、VOLVO D6。
ターボ、コンプレッサー、アフタークーラー付きの272Kw(370馬力)3500rpmだ。
エンジンを始動する。
まずは始動直後の煙の無さとスロー回転におけるエンジンの静寂性に驚く。
業務艇でこれと言った防音対策を施した設計ではないにもかかわらずエンジンノイズがほとんど無い。
IPSは水中排気構造になっており、船底を排気ガスが押し上げる独特の振動でエンジンが無事に稼動していることに気がつくほどだ。
筆者の勝手な意見だが、船の用途によっては、無負荷スロー回転時には空中排気に、航行中は水中排気に切り替えた方が停船時の船内は快適になるのではないかと考える。
 
電気コントロールシフトレバーを前進に操作し、微速前進の保進性をテストする。
舵板がない事と、ラダーに代わるIPSボディーが構造上、従来のラダーポジションより船首方向にシフトぎみであることからスロー航行時の直進性能を懸念していたが、全く問題はない。
それどころか見事に狙った進路を保つ。
左右のIPSを自動車の前輪のようにトーインのアライメントをつけたセッテイングを行い、直進性能を確保しているのだ。
もちろん前川造船工業設計のハルとのマッチングも優れていることは言うまでもない。

VOVLO D6 370馬力についても少し触れておきたい。
本エンジンは高出力の割には5.5Lとコンパクトな排気量ではあるが、コモンレール燃料インジェクションシステム、DOHC、4バルブ、EVCなど数々の先進技術が詰め込まれたモデルで、とどめのコンプレッサー搭載により、船体プレーニングまでの中速域で強烈な加速を見せ付ける特徴がある。
もちろんNox排出ガス規制にも適合した環境問題に積極的に取り組むスェーデンVOLVO社の自信作だ。

■IPSで加速する
エンジン回転を上げる。
船長のアクセルワークにエンジンとIPSは敏感に反応し57フィートの船体が鋭く加速する。
今までのVOLVOエンジンでKADシリーズに採用されていたコンプレッサーは作動音が大きく、エンジンハッチの上部で過給音が轟いていたが、D6をフライブリッジで運転する限り、ほとんど過給音は聞き取れない。
振動や騒音が無いまま船体だけが加速していく感覚は、海のハイブリッドエンジンといったイメージだ。
 
試乗前にエンジン+IPSのエンジンルームを見渡した感覚では、『パワー不足では?』が第一印象であった。
57フィートで370馬力×2基のスペックだけ見れば、計画スピードは25ノット前後と推測するが、実際の試乗艇は瞬時に30ノットを軽くオーバーした。
IPSの推進効率とあいまって、スペックをはるかに凌ぐ走りをみせてくれた。

加速時の黒煙をチェックする。
航跡とその上空を注意深く観察するが排気煙は全くない。
2005年度排出ガス規制をクリアーしたエンジンの排ガスは、今までのディーゼルエンジンの概念を覆す見事な美しさだ。

■IPSで曲がる
30ノットで旋回性能をテストする。
従来のインボート艇の旋回とは違い、軽い横滑りをしながら舵を切った方向に食い込むように船首を向ける。
ウォータージェット艇の旋回性能に似たスポーティーなイメージだ。
エレクトロニクスステアリングの追従性は非常に良く、ドライバーの要求を瞬時に満たしてくれる。

操船において、人と船との接点はコントロールレバーとステアリングホイールが2大要素であり、本艇はEVC電子コントロールレバーとエレクトロニクスステアリングで構成している。
共に電気信号を送るセンサーを操作する操船で、機械的な負荷が一切ないためロングの航海でも疲れを感じないないであろう。
 
建造時の据付け工事も油圧配管の施工は一切不要で、コミニュケーションケーブルを1本配線するだけで完工し、建造コストの軽減を考えてもメリットは多分にありそうだ。
「昔の船は油圧で舵を操作していたのだよ」こんな会話が近い将来される予感がする。

試乗艇はIPS国内受注1号艇となったダイビングボートSPRIT号(57フィート)。
試乗前はパワー不足では、という印象を持ったが、実際は軽く30ノットオーバー。

スペック以上の走りは速度で20%向上、加速性を15%向上させるというIPSの効果か。
トップスピードで旋回でも、エレクトリックホイールの感覚は違和感がない。
スロットルから操舵まで、すべて電子制御されたボートコントロールである。
従来のプレッシャー方式ではなく、トラクター方式の推進ユニットのため、スローでの直進性を懸念していたが、まったく問題はなかった。

■IPSを据え付ける
IPSの据付は新造船に限定される。船型にIPS据付のための条件がいくつかあり、性能を100%発揮するための船体設計が必要となる。実際のインスタレーションには下記のメリットがある。

●プロペラシャフトとラダーが無いため、船尾装置の設置が不要
●ヘルムステーションとのコミニュケーションがすべて電気信号である
●排気ガスはIPSから排出につきミキシング装置や配管が不要

これらの工事が不要となると材料コストと人件費コストが数百万単位で軽減できることは言うまでもない。
今回、エンジンとIPSのセッティングを担当された八重山エンジニアの和泉社長からは、「IPSセッティングのメリットは作業性の良さにあります。
造船所調達のパーツが一切なく、すべてが1パッケージにセットされた納入で非常に親切な装置です」とのコメントがあった。

■IPSの耐久性と安全性
IPSの材料は特別に開発されたニッケル-アルミブロンズ合金とステンレス鋼から構成されており、耐食性に優れているため、長期の海上係留保管が可能である。
また船内と船外をシーリングしているラバーサスペンションと呼ばれるシーリング材は、船の一生涯で交換の必要性が全くないほどの耐久性を持つとのコメントであった。
 
海底に向かって突起したIPSを見ると、誰もが座礁や漂流物との衝突などといったアクシデントを心配することだろう。
しかし、IPSに強度の衝撃が加わった時にはキャンセル機構が作動して、ロアーユニット部分を切り離し、エンジンと推進ユニットの損傷リスクを最小限に抑える。
もちろんキャンセル後の浸水はなく、残りの1機で安全に帰還できる安全設計が施されてる。

■評価
総合的な評価として、久しぶりに魅力あるマシンと出会った感じがした。
単なる移動手段として船を使うオーナーは別として、フィッシングにせよクルージングにせよ、プレジャーボートである限り、操船は楽しいに越したことはない。
10代の頃、はじめてバイクを手にいれたときに味わった、あのドキドキ感が、このIPSにはある。
 
現在ヨーロッパで28社、北米で15社、オーストラリア他11社の著名なボートビルダーがIPSの搭載を決定している。
今後のIPS開発コンセプトは大型化にあり、コンパクトなエンジンでメガヨットを爆走させる日も近いことでしょう。
今後のマーケットに注目したいものだ。

      

■問い合わせ/ボルボ・ペンタ・ジャパン マリンエンジン事業部 TEL:03-5404-0355
  正規サービス代理店 ミズノマリン TEL:06-6863-5029


前のページに戻る